東京高等裁判所 昭和43年(ネ)408号 判決 1969年7月10日
理由
一、本件約束手形(甲第一号証)の第一裏書欄にある被控訴人の住所氏名のゴム印による印影および被控訴人名下の印影が、被控訴人のゴム印および印章によつて顕出されたものであることは当事者間に争いがない。
二、ところで被控訴人は、右各印影は訴外鎌江良二が被控訴人のゴム印および実印を盗用して作成したものであると主張する。そして《証拠》を総合すると、右鎌江良二は訴外鎌江謙一の兄であり、また鎌江謙一は被控訴人の兄で被控訴人の事業の会計等の事務の手伝をしていたものであるところ、良二は、本件約束手形の第一裏書欄に被控訴人の裏書を得るため被控訴人の事務所(自宅兼用)を訪ねたが、誰もいなかつたので、事務机の抽斗にあつた被控訴人の住所氏名を刻したゴム印(被控訴人がかつて屑鉄商を営んでいた頃使用したもので当時は使用していなかつたもの)をとり出し、勝手にその場で本件約束手形の第一裏書欄にこれを押印し、またかねて、謙一に対し訴外名古屋相互銀行からの借出の枠をひろげるための保証人である被控訴人の印が必要である、被控訴人の了承を得てあるといつて同人をだまし、同人および被控訴人の妻から被控訴人の実印の交付を受けて保管していたので、これをほしいままに使用して右ゴム印によつて顕出した被控訴人の氏名の下に右実印を押印したこと、そして被控訴人が良二に対し右裏書をするについて承諾したことがないことが認められ、以上の認定と抵触する原審および当審における山下哲司の証言は信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。この事実によれば、本件約束手形の第一裏書欄にある被控訴人名義の右各印影は、いずれも被控訴人の意思に基づかないで顕出されたものであつて、これによる裏書は、被控訴人の裏書としての効力のないものであるというべきである。
三、次に控訴人は、被控訴人は良二に実印を預けて同人に被控訴人を代理して名古屋相互銀行に対し保証債務負担の契約を締結する権限を与えており、良二が右実印を使用して本件手形に被控訴人名義の裏書をしたのは民法第一一〇条による表見代理に当ると主張する。しかし前認定の経緯からすれば、謙一らが良二に被控訴人の実印を交付したことによつて、被控訴人が良二に対し控訴人主張の代理の権限を与えたとはいえず、ほかに良二が被控訴人名義の裏書を作出した当時右代理の権限を与えられていたと認むべき証拠はない。したがつて、仮に控訴人において良二に被控訴人を代理する権限があつたと信ずべきなんらかの事由があつたとしても、基本となる代理権のあつたことが認められない以上、控訴人の右表見代理の主張は採るを得ない。
四、以上のとおり控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴も棄却を免れない。